どうして帰ってこないのですか?
なにか・・あったのですか?
私には待つことしかできません。
どうか、どうかご無事で・・・。
桜散
ハヤテさんが任務にいってもう何ヶ月だろう。
あの頃はまだ雪が舞って、桜も芽吹いていなかった。
今は、葉桜となって梅雨の長雨に耐えている。
そう、約束の桜が散ってもう一ヶ月以上たっている。
でも、彼は帰ってこなかった。
「はぁ・・・・。」
今日幾度目かのため息がもれる。
これで何百の幸せが逃げたんだろう・・・なんか悲しくなってきた・・・。
「先生?よかったら、今日いっぱいいかがですか?」
そんな私を気遣ってか、イルカ先生が声をかけてくれた。
「あ、ありあとうございます。でもまだ採点が終わっていなくて・・また誘ってもらえますか?」
「そうですか・・わかりました!あまり無理せんでください。」
「はい。」
机に山積みになった採点待ちのテスト。
気がせくばかりで、集中できない。
それでも、やっとエンジンがかかって採点が終わったのはもう10時を過ぎる夜中だった。
「・・・はは・・・明日起きれるかな・・・。」
テストをしまい、支度をして職員室を後にする。
警備の方に鍵を渡して、やっとアカデミーを出ることができた。
「うわぁ・・・土砂降り・・・・。」
梅雨は嫌だ。
雨が何かにつけて地に文句をつけるから。
「雨は嫌いじゃないけど・・これは・・・。」
ないでしょう・・・。
夕方はまだ小降りだった。
あの時帰ればよかった・・・。
「はぁ・・・・。」
嫌でも帰らないといけない。
傘を広げ、靴がずぶ濡れになるのを覚悟で帰路についた。
「今日は残業ですか?ゴホッ。」
「はい・・っていっても自業自得で・・・・・・っ!!」
アカデミー裏門を出たところで声をかけられた。
雨音が邪魔して誰だかなんて気にせず返事をしてしまったことが悔やまれる。
その声の主が誰だか気付き、振り向いた先にいたのは待ち焦がれていた彼だったのだから。
「ハヤテさん!!!」
ハヤテさんは傘もささず、ずぶ濡れになりながらもいつかのようにポケットに両手を突っ込んで
こちらをみていた。
バサッと音がして、私の傘が泥水の中につかる。
思い切り、彼に抱きついていた。
「ゴホッさん、濡れてしまいますゴホッ。」
どこか焦っている声色にすうっと安堵が体に広がった。
あぁ、ハヤテさんだ・・。
「ごめんなさい・・ごめんなさい・・良かった・・無事で・・・お帰りなさいハヤテさん。」
ぎゅっとハヤテさんのベストを握り締める。
どうか、もうどこにもいかないで・・・。
「さん・・ただいま、戻りました。ゴホッ」
相変わらずの咳に、相変わらずの彼の香り。
「あの、とりあえず帰りませんか?風邪を引いてしまいますから。」
そうですね、と返事をする前に体が浮いた。
驚いて見上げれば、捕まっていてください、と呟いたハヤテさん。
気がついたときには、私の家の前だった。
「ごほっ失礼しました。いきなり抱き上げてしまって・・。」
「い、いえ!!」
恥ずかしくて声が上擦る。
うわ〜・・重かったよね!?
ダイエットしとくんだった・・・。
ドキドキしながら家の鍵を開け、ハヤテさんにもあがってもらう。
「散らかっているんですが・・今タオルを・・あ!先にシャワー浴びてください!着替え用意しておきますから!」
「ごほっ先にさんが浴びてください。」
「ダメです!!10数えるうちに入らないと寝ているうちに髪の毛そりますよ!?いーち、にーい・・」
「!!わ、わかりました。お借りしますゴホッ」
慌てて浴室へと消えるハヤテさんをみてはっとする。
しまった・・思わず子供達と同じ扱いしちゃった・・・習慣って、怖い。
五分ほどででてきたハヤテさんと入れ替わりにシャワーを浴びる。
冷えた体には温いお湯も熱く感じてしまう。
「う〜・・・スープでも作ろうかな・・。」
さっさとシャワーをでて、支度を始める。
「着替え、それしかなくてすみません。」
今ハヤテさんが着ているのははたけ先輩の服。
「今温かいもの作りますから待っててください。」
ジャガイモとニンジン、キャベツでポトフを作る。
あと20分も煮こめばできるというときに、すっと背後に気配を感じた。
「っ!ハ、ハヤテさん!?」
すっと後ろから腰に手を回されて、首筋に吐息がかかる。
「ああああああああの!?」
「・・この服、元彼の・・ですか?」
「?はたけ上忍のです。このあいだ泊まりにきて・・そのままおいていってしまって・・・。」
「・・・カカシさんですか・・。付き合われているんですか?」
「いえ!!よき先輩です!」
なんだか、背後に感じるハヤテさんの気配が怒っているような・・・。
「あの、あの日は・・本当に申し訳ありませんでした・・。」
「?なんの事です?」
「ハヤテさんが任務に行く前に、会いにきてくださったのに・・ちゃんとお話しも聞けず・・。」
「貴女も仕事だったんです。気に病むことはありません。」
「・・・ずっと、ずっと心配してました・・・ずっと・・待ってました・・。」
「・・・すみません。私も、ずっと貴女のことを思っていました。」
「お守り、毎日大事に持っているんです。」
「ちゃんと、貴女を守ってくれましたか?」
「はい・・」
ぽたぽたと涙が零れた。
この人は、なんでこんなに優しいんだろう。
・・・無事に帰ってきてくれてよかった。
「!あ!任務報告はなされましたか?怪我とか・・「はい、大丈夫です。」良かった・・。」
「!じゃぁいつから裏門に!?」
「報告が終わってから、4時くらいだったと・・・。」
「!!なんでそんなに!!」
「少し、不安でした。」
「不安?」
「はい、忘れられてしまったのでは・・・と・・。」
「それで、あそこに?」
「あの日のように、まっている事で思い出してもらえるのではと・・。」
「・・・もう、だめですよ・・風邪引いたらどうするんですか!」
「気をつけます。」
って・・風邪といえば・・・
「ハヤテさん・・咳・・・!」
止まってる!!!
「おっと・・ごほっ咳がどうかしましたか?」
「いや、今止まってましたよね!?」
「ごほごほっそうでしたか?」
しらっと咳をし始めたハヤテさんに思わず笑みがこぼれる。
「くす・・なんでもないです。あ!もういい頃ですよ。」
腰を開放してもらってポトフを皿にもりつける。
テーブルをはさんで、今まであったことや、思っていたことを話した。
ハヤテさんは任務だったからなにがあったかなんて話せないかわりに、私がずっと話していた。
「ごちそう様でした。ごほっとても美味しかったです。」
「お粗末さまでした。」
お皿を片付け、ハヤテさんと自分の服を干し、ソファに移動する。
「雨、やみませんね。明日も雨かな・・・。」
並んで座って、ろうそくの火を見つめる。
私は一人のとき、いつもこうして電気を落としろうそくの明かりで夜を過ごす。
今日は、隣にハヤテさんがいて、いつもは返ってこない独り言も返ってくる。
「ごほ、そうですね。・・・さん。」
「なんですか?」
名を呼ばれ、火からハヤテさんへと視線を移す。
そこにはあの、任務に行ってしまった日と同じ真剣な顔。
「以前、プロポーズをしました。」
「!!あ・・はい・・・。」
もし今プロポーズされたら、きっと「はい」と答えてしまう。
彼と出会って、もう一年以上のときが流れた。
でも、実際は中々会えなくて、数えるほど。
それでも、もう私の中は彼でいっぱいになっている。
「・・ゴホッ・・・私と、付き合ってください。」
真っ直ぐな瞳と目が合った瞬間、ざぁっと目の前に過去の忘れていた記憶が蘇った。
金色の草原。
青さ映える白き雲。
緑の木の上で・・・。
「熊かと思った!」
「・・・こんなに細い熊はいないと思いますが。」
「いいのいいの。ねぇ、いい加減名前教えてよ!」
「ダメです。」
「けち〜!!」
「・・・いつかまた会うことがあったら教えます。」
「・・・会えなくなるの?」
「任務ですから。」
「・・・また会える?」
「必ず、探して会いにいきます。」
「その時、絶対名前教えてね?」
「えぇ、その時、プロポーズもしていいなら。」
「えぇ!?・・う〜ん・・うん!いいよ。君のお嫁さんになら、なりたい!」
「約束です。」
「約束!」
そうだ、ずっとずっと一人だった私に声をかけてくれた男の子・・。
いろんな事を教えてくれて、でも名前だけは教えてくれなかった。
ハヤテさんの声、懐かしいはずだ・・・。
「あ・・あの時の・・・。」
「やっと、思い出してくれました・・・。」
そうだ・・私の、初恋の人・・・。
懐かしさと、胸に溢れる気持ちで言葉に詰まる。
目前にいる彼は、やれやれといった顔で私を見つめて、そっと囁いた。
「約束も、思い出しました?」
「・・ぁ・・はい・・・。」
「私は、約束を守りました。」
確かに会ったときに名前と、プロポーズを受けた。
「あなたの返事を、改めてお聞きします。」
あの時の男の子と、今のハヤテさんが重なる。
「私と、結婚してください。」
いつもいつも、謎ばかりの男の子だった。
ふらっと現れて、ふらっと消えて。
でも、いつも私が泣いていると駆けつけてくれた。
そうだ・・・私は・・・
「はい・・・よろこんで・・・。」
ぎゅっとハヤテさんに抱きついて、もうどこにも行かないで!と何度も願った。
あの頃、会えなくなった貴方に何度会いたいと願ったか・・。
「はい、もうどこにも行きません。」
ぎゅっと、抱きしめ返された。
「忘れられるのは・・もう嫌ですし・・・。」
ぼそっと聞こえた彼の本音に申し訳ない気持ち湧き上がってくる。
「ごめんなさい!でも・・まさかハヤテさんがあの時の男の子だったなんて・・クス・・初恋の相手だったんですよ。」
「ゴホッそ、そうですか・・。実は私もです。」
照れて、少し顔が赤くなったハヤテさんがどうしても愛しくて。
初恋は実らない、っていうけど。
私達にはあてはまらなかったようだ。
「桜、散っちゃいました・・。」
「来年、お花見に行きましょう。ごほっ。」
「はい!」
その日の夜は、一緒の布団で手をつないで眠った。
当時の話をしたり、彼が私を見つけるまでの経緯とか聞いているうちに眠ってしまって。
朝起きたらもうハヤテさんの姿はなかった。
そのかわりに残されていたメモ。
《おはようございます。今日は任務の詳細をと言われていたので先にでます。
夕飯は五目チラシがいいです。行ってきます。ハヤテ》
「五目チラシ、帰りに材料買ってこないと!・・・行ってらっしゃい、ハヤテさん。」
おまけ
「先生〜!!蚊に刺されたの?」
「え?」
「首赤くなってるよ!」
「!!各自自習をしていなさい!!!」
「「「「「??」」」」」
教室→女子トイレ
「・・・ハ、ハヤテさんのばかぁ!!!!!」
鏡に映ったのははっきりと刻まれたキスマーク。
それも目に付くところにあったとかv
「カカシさん。」
「ハヤテ!帰ったのか〜。」
「に近づかないでください。ごほっ」
「なんでお前に言われなきゃいけない「近々結婚します。」・・・な、なにー!!??」
その後首に包帯をぐるぐる巻きにしてやたらと「大丈夫か!?」と声をかけられていると、
ものすごく黒いオーラを背負ったはたけカカシが目撃されたとさ。
